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闇の中に浮かび上がる、微かな光。
底知れない暗闇を照らし出す、唯一の光源たる灯火は、けれども、むしろそれこそが凍えた冷気を放つかのように、冴えた輝きを煌々と湛えていた。
その仄かな灯りの中、二つの人影が対峙している。
玉座の前に跪いた青年は、ゆっくりと顔を上げた。
目の前に坐す人物への敬意と畏怖は決して忘れることなく、けれど懸命な様相を隠そうともせずに。
携える竪琴に添えられた手に、強く力が篭もる。
「……それで」
そんな相手の焦燥を、わかっているのかいないのか、玉座に身を預けた、闇の国の偉大なる王は、あくまで鷹揚(おうよう)に言葉を投げ掛けた。
……漆黒の衣、暗く沈んだ肌、暗色の髪。
闇そのものを形にしたかのような姿に、ただ一つ、夜空に浮かぶ星のような銀色の瞳が瞬く。
「この私に、何用か」
深く落ち着いた声はあくまで冷やか、けれどその中には微かに、興味深げな響きが含まれてもいた。
「……お聞き頂けるのですか?」
竪琴を手にした青年が、震える声で問う。
その震えは怖れから来るものではない。否、そうなのかもしれないが、少なくとも目の前にいる人物に対するそれではなかった。
彼にとっての唯一の望み、目の前の王にのみ叶えられるそれを無下に断られる事こそを、青年は何よりも恐れていた。
凍えるような冷気も、焼け付く灼熱も踏み越え、言い尽くせぬ苦難に耐えて、青年は、この地の底の居城まで辿り着いた。その苦難は、闇の国の主が下賜する、たった一言によって、いとも容易く無益なものとなり果てる。
今の青年にとって、それ以上に恐ろしい事など存在しなかった。
そんな青年を遥か高みより見下ろして、王はふ、と、溜め息とも、笑みともつかないものを漏らした。
「かような地の底に、客人が訪れるのはまれな事。何も聞かずに追い返すわけにもいくまいよ」
そう言って王は、手元にあったゴブレットを引き寄せ、なみなみと注がれた液体をあおった。血よりもなお深い、深淵なる真紅を宿した葡萄酒を。
意を決したように、青年は竪琴を手に取った。
地の底に、寂しげな竪琴の音色が木魂する。
彼の発する言葉は詩、紡ぎ出す声は歌。
……そうして、青年は王に語り始めた。
自らの願いと愛を、類い希なる美声に乗せて。